プリントが剥がれるたびに感じる小さな引っかかり
P1sを使い始めてしばらく経つと、プリントの途中で造形物がプレートから剥がれているのを見つける瞬間がある。最初は「たまたまだろう」と見過ごすのだが、同じモデルで二度、三度と繰り返すうちに、造形をスタートさせるたびに「今回は大丈夫か」と画面を覗き込む癖がついてしまう。完全に失敗するわけではないからこそ、毎回の不安がじわじわと積み重なる。
このプリンターは自動ベッドレベリングや振動補正を備えており、多くの場面では安定した一層目を描いてくれる。ところが、素材やプレートの表面状態、室温のちょっとした変化で結果がばらつくことがある。特に初めてABSやASAに手を出したとき、あるいはテクスチャードPEIプレートから別のプレートに切り替えた直後などに、この「なんとなく定着が弱い」状態に遭遇しやすい。
ここでは、P1sで定着不良が起きたときにプレートと温度を中心に見直す手順を整理する。いきなり設定を大きく変えるのではなく、原因を一つひとつ外しながら、確実に定着を安定させる道筋をたどろう。
最初に疑うべきはプレート表面の油分と汚れ
定着不良の相談で最も多いのが、ビルドプレートに付着した皮脂や微量の油分だ。プリントを取り外すときに指でプレートを押さえたり、フィラメントの切り替え作業中に無意識に触れたりすると、その部分だけ定着が弱くなる。P1sの標準プレートであるテクスチャードPEIプレートは耐久性が高く、多くのフィラメントと相性が良いが、油分には敏感に反応する。
洗浄の頻度と方法を見直す
プレートの洗浄は、台所用中性洗剤とぬるま湯を使い、柔らかいスポンジで優しくこするのが基本だ。洗浄後はペーパータオルで水分を拭き取り、自然乾燥させるか、糸くずの出ない布で仕上げる。アルコール拭き上げも有効だが、洗剤による水洗いのほうが皮脂をしっかり落とせるという声が多い。
洗浄の目安はプリント5回から10回に一度だが、ABSやPETGなど高温で定着させたあとは残留物が残りやすいため、早めに洗ったほうが無難だ。また、プレートの端のほうに定着不良が集中する場合は、プレートを取り外す際に指がかかる部分が汚れている可能性が高い。
プレートの種類と表面状態の確認
P1sにはテクスチャードPEIプレートのほか、常温プレート、エンジニアリングプレート、高温プレートが用意されている。公式ストアの情報では、これらを使い分けることでPLAからABS、ASAまで幅広くカバーできるとされている。詳しい対応表はBambu Lab公式ストアのP1sページで確認できる。
プレート表面に傷や摩耗が見られる場合も、定着ムラの原因になる。特にエンジニアリングプレートは表面のコーティングが剥がれると性能が落ちるため、定期的に状態をチェックしたい。交換用プレートは公式ストアや認定販売店で入手できる。
ベッド温度とチャンバー温度の微妙なズレを読む
定着不良のもう一つの大きな要因が温度管理だ。P1sは密閉型チャンバーを備えており、P1Pに比べてABSやASAの造形に適しているが、チャンバー温度そのものを直接制御する機能はない。公式FAQにも「チャンバー温度はヒートベッドの設定温度に基づいて上昇し、正確に制御することはできません」と明記されている。
つまり、ベッド温度の設定がそのままチャンバー内の環境を左右する。室温が低い冬場やエアコンの風が当たる場所では、設定温度に達していても実際のプレート表面温度が下がっていることがある。
素材別の温度設定の目安
P1sの標準プロファイルは多くのフィラメントで最適化されているが、環境やロットの違いで微調整が必要になる場合がある。以下はあくまで出発点となる温度帯であり、実際の造形結果を見ながら数度ずつ上下させてほしい。
| フィラメント | ベッド温度の目安 | 注意点 |
| — | — | — |
| PLA | 35〜55℃ | 密閉時はドアや上部カバーを開放して過剰な蓄熱を防ぐ |
| PETG | 70〜80℃ | 冷却ファンを弱めると定着が安定しやすい |
| ABS | 90〜100℃ | チャンバーが十分に暖まるまで10〜15分ほど待つ |
| ASA | 90〜100℃ | ABSと同様に予熱時間を確保し、隙間風を避ける |
| TPU | 40〜50℃ | プレートとの密着が強すぎる場合は剥離剤を使用 |
これらの数値はBambu Lab WikiのP1シリーズFAQに記載された推奨動作環境や、公式コミュニティで共有される実績を参考にしている。購入したフィラメントメーカーの推奨温度と照らし合わせながら決めると失敗が少ない。
予熱の習慣が定着を変える
造形開始直後の一層目は、プレート全体が均一に温まっていないと端のほうから浮きやすい。特にABSやASAでは、ベッドが設定温度に達してからさらに5分から10分ほど待ち、チャンバー内の空気を暖めてからプリントを始めると定着が改善することが多い。この「予熱待ち」を面倒に感じるかもしれないが、失敗してフィラメントを無駄にするよりは確実な一手だ。
一層目の高さと押し出し量を疑う順番
プレートと温度を見直しても改善しない場合、次に確認したいのがZオフセットと一層目の押し出し量である。P1sは自動ベッドレベリングを備えているため、手動でオフセットを調整する機会は少ない。しかし、プレートを交換したあとや、ノズル交換後は、一層目の高さが微妙に変わることがある。
自動レベリングに頼りすぎないチェックポイント
P1sの自動ベッドレベリングは信頼性が高いが、プレートの取り付け方にムラがあると補正しきれない場合がある。プレートをベッドに載せるときに、奥のガイドにしっかり押し当て、浮きがないかを目視で確認する習慣をつけたい。
一層目の様子は、スカートやブリムのラインを観察するのが早道だ。ラインが丸みを帯びて盛り上がっているならノズルが遠すぎ、逆に薄くつぶれて透明感が出ているなら近すぎる。Bambu Studioのフィラメント設定から一層目の高さや幅を微調整できるが、まずは標準プロファイルのままプリントし、症状を記録してから数値を動かすほうが安全だ。
押し出し量と速度のバランス
定着不良は、一層目の押し出し量が不足している場合にも起こる。Bambu Studioでは「初期層の流量」を個別に設定できる。標準では100%前後だが、テクスチャードPEIプレートのように表面に凹凸があるプレートでは、105%から110%に増やすと溝にフィラメントが入り込みやすくなる。
一方、一層目の印刷速度が速すぎると、フィラメントがプレートに押し付けられる時間が短くなり、定着が弱まる。P1sの標準プロファイルは高速化が進んでいるが、定着に不安があるときは一層目だけでも速度を30〜40mm/s程度に落とすと効果を実感できることが多い。
フィラメントの乾燥状態とノズルの詰まりを軽く見ない
プレートや温度を最適化しても定着不良が続く場合、原因はフィラメントそのものやノズルにあるかもしれない。吸湿したフィラメントは押し出しが不安定になり、一層目のラインが途切れたり、細くなったりする。P1sは密閉型でフィラメントをAMSに収納できるが、長期間放置したフィラメントはやはり湿気を吸う。
乾燥のサインを見逃さない
PETGやABS、TPUは特に吸湿しやすく、「パチパチ」という音や、ノズル先端から出るフィラメントに細かい泡が見えたら乾燥不足のサインだ。フィラメント乾燥機を使うか、オーブンで低温乾燥させる方法もあるが、温度管理を誤るとスプールが変形するリスクがあるため、専用機の利用が無難だ。
ノズルの部分詰まりが一層目に与える影響
ノズルが部分的に詰まっていると、一層目のラインがかすれたり、特定の方向だけ細くなったりする。P1sのノズルはステンレススチール製で、繊維強化フィラメントには非対応だが、通常のPLAやABSでも長期間使うと微細なカーボンが堆積することがある。
ノズル交換は公式Wikiの「Complete hotend assembly Replacement Guide」に手順が詳しく書かれている。交換後は一度テストプリントを行い、一層目の状態を確認しておくと安心だ。
環境要因をひとつずつ潰す
プレート、温度、ノズル、フィラメントをすべて見直しても、なぜか特定のモデルだけ定着しない、ということがある。この場合、モデルデータやスライサー設定、そして設置環境に目を向ける必要がある。
モデルの底面形状とスライサー設定
底面積が極端に小さいモデルや、鋭角な部分が多い形状は、そもそも定着が難しい。Bambu Studioで自動生成できるブリムやラフトを追加することで、接地面積を稼ぐのが有効だ。ブリムの幅は5mmから10mm程度を目安に、剥がしやすさとのバランスを見ながら調整する。
また、スライサーで「サポートの底面拡張」や「ブリムの内側オフセット」といった細かな設定を変更することで、定着を補強できる。ただし、これらの設定はモデルごとに最適値が変わるため、一度に大きく変えず、少しずつ試すほうが失敗を減らせる。
設置場所の風と振動
P1sは密閉型とはいえ、エアコンの風が直接当たる場所や、人が頻繁に通る振動の多い机の上では、チャンバー内の温度が安定しない。特に冬場は窓際の冷気がプレート端部の温度を下げ、そこだけ定着不良を起こすことがある。
設置場所を変えられない場合は、プリンターの周囲に簡易的な囲いを追加したり、振動吸収マットを敷いたりすることで改善できる。ただし、改造はメーカー保証の範囲外になる可能性があるため、公式が提供するアップグレードキットやアクセサリーの範囲で対応するのが安全だ。
それでも直らないときの相談先と判断の分かれ道
ここまでの手順を踏んでも定着不良が解消しない場合、ハードウェアの初期不良や、特定の環境との相性問題が隠れている可能性がある。P1sには1年間の製品保証と14日間の返品保証が付帯しているため、早めに購入元へ相談するのが得策だ。
サポートに伝えるべき情報をまとめる
問い合わせの前に、以下の情報を整理しておくとスムーズに進む。
- 使用しているプレートの種類と洗浄頻度
- フィラメントのメーカー、種類、乾燥状態
- ベッド温度とチャンバー内の推定温度(設定値と実際の体感)
- 一層目の印刷速度と流量設定
- 定着不良が発生するモデルの形状やサイズ
- プリント開始からの経過時間や室温
これらの情報を添えて公式サポートに連絡すれば、技術的なアドバイスや交換対応の判断を早めてもらえる。
買い替えやアップグレードを検討するタイミング
定着不良があまりにも頻発し、時間とフィラメントのロスが大きいと感じ始めたら、P1sから上位機種への買い替えを検討するのも一つの選択肢だ。X1 Carbonはチャンバー温度の制御やLidarによる自動補正が強化されており、より安定した定着が期待できる。
ただし、P1sはP1Pからのアップグレードキットも用意されており、冷却ファンやエンクロージャーを追加することで性能を底上げできる。公式WikiのP1シリーズFAQにアップグレードキットの詳細が記載されているため、まずは現状の機材を活かす方向で検討するほうが費用対効果は高い。
小さな不満を抱えながら、それでもP1sを使い続ける理由
定着不良は確かに厄介だが、P1sの総合的な造形品質やスピード、マルチカラー対応力を考えれば、手放すには惜しいと感じるユーザーが多い。実際、プレートの洗浄や予熱の習慣を身につけるだけで、トラブルの大半は収束する。
定着不良が起きるたびに「またか」とため息をつくよりも、このプリンターの癖を理解し、先回りして対策を打つほうが精神的な負担は小さい。どうしても安定しないモデルだけブリムを追加する、ABSを使う日は最初に予熱時間を確保する、といった小さなルールを決めておくと、失敗のたびに原因を探す手間が減る。
P1sは、自動化の進んだプリンターでありながら、使い手のちょっとした気配りで結果が変わる余地を残している。その余地を楽しめるかどうかが、長く付き合えるかどうかの分かれ目になるだろう。
その隙間を埋める作業は、決して難しいものではない。プレートを洗い、温度を確かめ、一層目を見守る。その繰り返しの先に、ようやく「今回は大丈夫」と思えるプリントが待っている。

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