P1Sを手に入れて最初の数回はきれいに出力できていたのに、ある日突然1層目がビルドプレートに張り付かなくなった。あるいは、テクスチャードPEIプレートでは問題ないのに、スムースプレートに切り替えた途端に定着不良が頻発するようになった。こうした症状に直面すると、多くの利用者は「ノズル高さがずれた」「レベリングをやり直さなければ」と考えがちだ。しかし、P1Sのファーストレイヤー不良は、機械的な再調整よりも、日常的なメンテナンスや素材の保管状態に原因があるケースが意外に多い。調整順を誤ると、本来不要なキャリブレーションに時間を費やしたり、設定変更で症状を悪化させたりする。ここでは、実際に寄せられる相談のパターンを基に、失敗しやすい判断と正しい確認順を整理する。
P1Sの1層目が安定しないとき、最初に疑うべきは「汚れ」と「部分詰まり」
P1Sは工場出荷時に自動ベッドレベリングと振動補正が済んでおり、セットアップ直後は高い再現性で1層目を形成する。それにもかかわらず、使用を重ねるうちに定着不良が目立つようになる場合、まず確認したいのはビルドプレートの表面状態とノズルの吐出状態だ。
ビルドプレートの局所的な定着不良は油膜が原因
「中央付近だけ剥がれる」「前回の造形物があった場所にフィラメントが乗らない」といった症状では、皮脂や油分の付着を疑う。テクスチャードPEIプレートは微細な凹凸で密着性を稼いでいるが、指で触れた部分の油膜が溝を埋めると、その部分だけ定着力が落ちる。食器用洗剤とぬるま湯、柔らかいスポンジで丁寧に洗い、造形面を指で触らずに側面を持ってセットし直すだけで、大半の局所的な定着不良は解消する。研磨パッドやプラスチックブラシを使うと、テクスチャの溝に入り込んだ残留物まで除去しやすい。アセトンはPEIシートの表面を傷める可能性があるため、使用は避けるべきだ。
全体的にスカスカで定着しないときは押し出し異常を疑う
「1層目が全体的に薄い」「線が途切れ途切れになる」「フィラメントがノズル先端でカールする」といった症状では、ノズルの部分詰まりや押し出し経路の抵抗増加が隠れていることが多い。P1Sはエラーを出さない程度の軽微な詰まりでも、1層目の形成に必要な吐出量を維持できなくなる。この場合、フィラメントを一度アンロードし、先端の変形や削れを確認してから再ロードするだけで改善することがある。ノズル温度をフィラメントの推奨範囲内で5〜10℃上げて様子を見るのも有効だ。AMSを使用している場合は、チューブの曲がりやフィラメントパスの抵抗も点検する。
自動キャリブレーションに頼りすぎないための確認順
P1Sは電源投入時や造形開始前に自動でベッドレベリングと振動補正を実行するが、これらが常に最適な状態を保証するわけではない。特に、設置環境が変わった後や長時間の造形後は、手動での確認を組み合わせる方が安全だ。
ベッドレベリングの結果を疑う前に設置面を確認する
自動ベッドレベリングは36点の測定でビルドプレートの傾きを補正するが、プリンター本体が傾いた台の上に置かれていると、補正しきれずに1層目の厚みが不均一になる。P1Sの本体寸法は約389×389×458 mm(公式Wikiより)で、設置場所にはある程度の剛性と水平が求められる。ぐらつく机やカーペットの上では、振動補正が正しく機能しないこともある。水平器で設置台を確認し、必要に応じて耐震マットやコンクリートブロックを敷くと、振動による1層目のムラを抑えられる。
振動補正とモーターノイズキャリブレーションの実行タイミング
振動補正(インプットシェーピング)は、プリンターの移動に伴う共振を測定して補正する機能だが、実行中は大きな騒音が発生する。夜間に実行すると近隣トラブルの原因になるため、昼間の時間帯に行うのが現実的だ。モーターノイズキャリブレーションはステッピングモーターの駆動特性を調整するが、実行時間が長く、途中で停止すると警告が表示されて操作を受け付けなくなることがある。いずれも、プリンターの設置場所を変更した後や、ファームウェアを更新した後に実行すれば十分で、1層目の不調のたびに再実行する必要はない。
プレートの種類とフィラメントの組み合わせで起こる失敗パターン
P1SにはテクスチャードPEIプレートが標準で付属し、別売りでスムースPEIプレートやエンジニアリングプレート、高温プレートが用意されている。プレートの種類を変えたとたんに1層目が安定しなくなる相談は、プレート表面の特性とフィラメントの相性が原因であることがほとんどだ。
テクスチャードPEIとスムースPEIの使い分け
テクスチャードPEIプレートはPLAやPETGとの相性が良く、適度な凹凸が定着と取り外しのバランスを取る。一方、スムースPEIプレートは底面を鏡面仕上げにしたい場合に選ばれるが、PLAでは定着が強すぎて剥がしにくくなったり、逆にPETGでは密着しすぎてプレートを傷めるリスクがある。公式ストアの製品ページでは、プレートごとに推奨フィラメントが提示されているため、購入前にP1Sの製品ページで対応表を確認しておきたい。
フィラメントの乾燥状態が1層目に与える影響
吸湿したフィラメントは、ノズル内で水蒸気爆発を起こして吐出が不均一になり、1層目の線幅がばらつく原因になる。特にPETGやTPU、PVAは吸湿性が高く、開封後しばらく経ったスプールを使うと、1層目だけに限らず造形全体の品質が低下する。フィラメントドライヤーで推奨温度・時間の乾燥を行い、保管時は密閉容器にシリカゲルを入れておくのが無難だ。P1S自体にはフィラメント乾燥機能はないため、別途ドライヤーを用意する必要がある。
スライサー設定で1層目を詰める際の落とし穴
Bambu StudioやOrca Slicerでは、1層目の高さや幅、速度を細かく調整できる。しかし、設定を詰めようとするあまり、デフォルトからかけ離れた値にしてしまい、かえって定着不良を招くケースが散見される。
1層目の高さと幅のバランス
1層目の高さを下げすぎると、ノズルとプレートの隙間が狭くなりすぎて、フィラメントが押しつぶされて線幅が広がる。これが原因で隣接するラインと干渉し、表面に波打ちや剥がれが生じる。逆に高さを上げすぎると、プレートへの食いつきが弱まり、造形途中で剥離する。Bambu Studioのデフォルトプロファイルは、P1Sのハードウェアに最適化されているため、まずはデフォルトで出力し、症状に応じて1層目の高さを±0.02 mm刻みで微調整するのが安全な進め方だ。
1層目の速度と冷却ファンの制御
P1Sは高速造形を謳う機種だが、1層目だけは速度を落とす設定がデフォルトで組まれている。この速度をむやみに上げると、フィラメントがプレートに定着する前に引きちぎられ、カールや剥がれが発生する。また、補助造形物冷却ファンやチャンバーレギュレーターファンが1層目から強く当たると、収縮の大きいABSやASAで反りが助長される。これらのファンは、密閉されたチャンバー内の温度を安定させる役割を持つが、1層目の形成中は停止または低回転に設定するのが定石だ。ファンの動作条件はP1シリーズFAQで確認できる。
消耗品とメンテナンスの観点から見る買い替え判断
1層目の不調が頻発するようになり、ノズルやビルドプレートの交換を検討する段階になると、「このままP1Sを使い続けるべきか、上位機種に乗り換えるべきか」という迷いが生じる。ここでは、維持費と性能のバランスから判断材料を整理する。
ノズルとホットエンドの寿命と交換コスト
P1Sの標準ノズルはステンレススチール製で、研磨性のない通常のフィラメントであれば数百時間の使用に耐える。しかし、グローフィラメントや木質フィラメントなど、微粒子を含む素材を使うと摩耗が早まる。ノズル交換はユーザー自身で行えるが、ホットエンドアセンブリごとの交換が必要になる場合もある。交換部品の価格や入手性は公式ストアで確認でき、1年間の製品保証が付帯するが、消耗品は保証対象外となるため、使用頻度に応じた予備の確保を検討したい。
上位機種X1 Carbonとの比較で見極めるべき点
P1SとX1 Carbonの最大の違いは、Lidarによる自動流量補正とタッチパネルの有無だ。X1 Carbonは1層目の形成時にレーザーで線幅を測定し、リアルタイムで押し出し量を補正するため、プレートやフィラメントのばらつきを吸収しやすい。一方、P1Sはこの機能を持たないため、利用者がスライサー設定やメンテナンスでカバーする必要がある。P1Sの価格は95,000円~99,000円(税込、公式ストアより)で、X1 Carbonとの差額が約10万円あることを考えると、1層目の調整に手間をかけたくないならX1 Carbon、コストを抑えて自分で管理できるならP1S、という線引きになる。
買うべきか待つべきかの判断基準
すでにP1Sを所有している場合、1層目の不調だけで買い替えを急ぐ必要はない。まずは本記事で挙げた清掃、フィラメント乾燥、設置見直し、スライサー設定の順で対策を試し、それでも改善しないときにノズル交換やサポートへの問い合わせを検討する。これから購入を考えている場合は、P1Sの密閉構造と冷却性能が扱いたいフィラメントに適しているか、公式WikiのP1シリーズFAQで確認し、AMSの同時使用や設置スペースも加味して判断すると失敗が少ない。
1層目トラブルを防ぐために覚えておくべきこと
P1Sのファーストレイヤー不良は、派手な修理や設定変更よりも、日々の小さな手入れで防げるケースが大半だ。ビルドプレートを清潔に保ち、フィラメントを乾燥させ、設置台の水平を確認する。この3つを習慣化するだけで、自動キャリブレーションの補正範囲内に収まり、安定した1層目を維持できる。調整順を間違えて遠回りしないために、まずは「汚れと詰まり」から疑うクセをつけておきたい。

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