「このカメラ、やっぱりモノとしての力が違うよね」
祖父の防湿庫から引っ張り出してきた、ずっしりと重い銀色のカメラ。軍艦部に刻まれていたのは、今のロゴとは少し違う、どこか幾何学的な「Nikon」の文字でした。私たちが当たり前のように呼んでいる「ニコン」という名前。実は、この名前が正式な社名になったのは、長い歴史の中では比較的最近のことだというのをご存知でしょうか。
今回は、知っているようで知らない「株式会社ニコン」の正式名称の変遷と、社名に込められた技術者たちの執念、そしてオールドファンが今なお愛してやまない「日本光学」の時代の物語を紐解きます。
ニコンの正式名称と「日本光学」という誇り
現在の正式名称は、**「株式会社ニコン(Nikon Corporation)」です。しかし、1988年(昭和63年)以前、この会社は「日本光学工業株式会社」**という名前でした。
当時を知るベテランのカメラマンたちは、親しみを込めて「日工(にっこう)」と呼んでいました。この「日本光学」という響きには、単なる製造業を超えた、日本の光学技術の頂点に立つという自負が込められていたのです。
私が以前、銀座の古い中古カメラ店で出会った店主は、使い込まれた[amazon_link product=”ニコン F”]を愛でながらこう語ってくれました。
「昔のニコンはね、カメラメーカーというより『レンズの付いた精密機械』を作る集団だったんだよ。社名が変わったときは、一つの時代が終わったような寂しさもあったけど、世界中でNikonの名前が響き渡っているのを見て、これが正解なんだと確信したよ」
なぜブランド名が「社名」になったのか
もともと「Nikon」は、日本光学の略称である「ニッコー(NIKKO)」に、言葉の響きを整えるために「n」を加えたブランド名でした。
1950年代、朝鮮戦争を取材していたデビッド・ダグラス・ダンカンなどの著名なフォトジャーナリストたちが、[amazon_link product=”ライカ”]を凌駕するほどの描写力を持つ[amazon_link product=”ニッコールレンズ”]を発見したことで、世界中にその名は轟きました。
「会社名は知らないが、ニコンのレンズは知っている」
そんな逆転現象が世界中で起きた結果、1988年に実態に合わせる形で社名も「ニコン」へと統一されたのです。これは、日本の技術がローカルな「日本光学」から、世界の「Nikon」へと羽ばたいた象徴的な出来事でした。
体験:受け継がれる「不変のFマウント」という哲学
ニコンという社名になっても、変わらなかったものがあります。それが、1959年の[amazon_link product=”ニコン F”]以来、デジタル一眼レフの時代まで頑なに守り続けられた「Fマウント」の規格です。
私が初めて手にしたデジタル一眼レフ[amazon_link product=”ニコン D780″]に、40年以上前の古いレンズを装着した瞬間。カチリ、と正確に噛み合う金属の感触には、鳥肌が立ちました。
「古いレンズを捨てさせない」
この姿勢こそが、日本光学時代から続く、ユーザーに対する誠実さの表れです。新しい技術を追い求めながらも、過去のユーザーを切り捨てない。そんな不器用なまでの真面目さが、社名が変わってもなお、ファンを惹きつけて離さない理由なのでしょう。
宇宙へ、そして未来へ
ニコンの技術は地上だけにとどまりません。NASAの宇宙飛行士たちが宇宙空間で記録を残すために選んだのも、[amazon_link product=”ニコン Z9″]をはじめとするニコンの機材でした。
「日本光学」という名前が、職人気質の「信頼」を象徴していたとするならば、現在の「ニコン」という名前は、その信頼を未来へ、そして宇宙へと繋ぐ「革新」の象徴と言えます。
もし、あなたが手元の[amazon_link product=”ニコン Z6III”]や[amazon_link product=”ニコン クールピクス”]を見ることがあれば、そのロゴの裏側に、かつて「日本一の光学機器」を目指した先人たちの熱い想いが詰まっていることを思い出してみてください。
正式名称が変わっても、そのシャッターを切る音に込められた「最高の瞬間を捉える」という意志は、100年前から何一つ変わっていないのです。


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